クリスタルの翼に乗って

時間、禅、自然界の探求――アーティスト、タイジ・テラサキ氏による実験的な作品が披露される。

文:
ヴィオラ・ガスケル
モデル:
ヴィオラ・ガスケル
訳:
南のえみ

ホノルル郊外の静かな6月の朝、タイジ・テラサキ氏はクリスタルを
使った作品づくりに没頭していた。66歳の同アーティストは、2025年秋に京都の歴史ある両足院で開催される展覧会に向けて、絵画シリーズに加え、彫刻作品、障子戸を用いた作品、そして茶道の茶碗を完成させた。本展では、アサギマダラ蝶の季節ごとの渡りがテーマの核となる。アサギマダラ蝶は、毎年、北海道からベトナムへと飛翔する日本固有の蝶だ。「Wings Over Crystalline Landscapes」と称される展覧会では、移動ルートの地表のすぐ下にゆっくりと形成されるクリスタルの繊細さと移ろいやすさを、蝶のはかなさと対比している。

日本では、アサギマダラ蝶(特徴的な茶色、黒色、白色の模様から、「栗色の虎のような蝶」という意味の“the chestnut tiger butterfly”と英語では呼ばれている)は、絶滅危惧種であるフジバカマの蜜を頼りに、何世代にも亘って生き続けてきた。しかし、都市化や気候変動によって蝶の渡りのルートが変化するなかで、アサギマダラ蝶もまた、北海道からベトナムにかけて自生するガガイモ科の植物やアザミの花を追って、ルートを変えている。

2023年からテラサキ氏の作品に蝶が登場するようになったのは、両足院の副住職である伊藤東凌氏がホノルルの彼のもとに滞在したことがきっかけだった。二人の出会いは、京都での展覧会だ。テラサキ氏と妻のナオコ氏は京都に家を持ち、頻繁に両足院を訪れていた。やがて伊藤氏は、寺院が主催する現代美術プログラムの展覧会への参加をテラサキ氏に依頼した。建仁寺の塔頭寺院である両足院は、かつての日本の都である京都における最も古い禅寺の一つである。「寺院とその境内には非常に美しいさまざまな伝統的要素がありながらも、私はこの空間で現代的なインスタレーションを行うことができるのです」とテラサキ氏は語る。 

伊藤氏とテラサキ氏は10日間の滞在中、マウイ島のイアオ渓谷州立公園の森を歩き、川辺に腰を下ろして芸術や禅について語り合った。伊藤氏は、日本の美術、特に両足院で展示される作品は季節と結びついていなければならないとテラサキ氏に説明した。そして、かつて京都を訪れていたアサギマダラ蝶の幻想的な姿について
語った。 後にテラサキ氏がクリスタルへの強い関心を深めるにつれて、蝶の渡りのイメージはそれとくっきりと対照をなすものとなった。
「クリスタルは、何万年、何百万年という長い年月をかけて形成されます。一方、アサギマダラ蝶は短い生涯の中で一つの地点から次の地点へと渡り、その子孫はさらに次の地点へと飛んでいくのです」と彼は話す。

Crystals take deep time—eons—to develop. The butterfly, in contrast, goes from one territory to the next throughout its short life, and then their offspring fly to the next point.

Taiji Terasaki, artist
タイジ・テラサキ氏はクリスタルに魅了され続けている。

テラサキ氏の家族には科学の道に進む人が多かった。三人の兄弟は皆、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で免疫学を研究する父親の跡を継ぎ、医学系の道に進んだ。一方、テラサキ氏は芸術家である母親の血を引き、10代で芸術の道に飛び込む。大学生のときには、カリフォルニア大学アーバイン校の革新的な芸術プログラムに参加した。このプログラムはクリス・バーデンのような実験的なアーティストを多数輩出している。(バーデンは、5日間ロッカーに閉じこもったり、友人に腕を撃たせるという数々の過激なパフォーマンスで知られている) 

講師たちは技術よりもビジョンを重視し、学生たちにリスクを取ることを後押しした。専門的な技術の知識は限られていたテラサキ氏は、概念的なアイデアを具現化するために工夫を凝らす方法を学び、さまざまなパフォーマンスやインスタレーションアートに出合った。現在、主にハワイ大学の卒業生で構成された七人のスタジオチームが、クリスタルの生成から両足院の展覧会用のバーチャル蝶の開発まで、彼の芸術的な構想を実現する手助けをしている。

テラサキ氏が「Wings Over Crystalline Landscapes」で用いるアナログとデジタルメディアの不思議な融合は、藍銅鉱との出合いから始まったと言えるだろう。彼は2025年にパリで展覧会を
行った際、初めてその深い青色の鉱物に出合った。藍銅鉱は、鉱物顔料を使って豊かで多層的な色彩を描き出す、19世紀の日本画技法で用いられている。その輝きは粒子の大きさによって変化する。テラサキ氏はこの素材がより現代的な文脈でどのように表現されるかを考えた。

テラサキ氏の作品では、拡 張現実が重要な役割を果 たしている。ハレクラニが手 がけるハレプナ ワイキキ内 のレストラン「UMI By ビク ラム・ガーグ」のために制作 した特注アートにも拡張現 実が用いられている。
両足院で開催されるテラサキ氏の展覧会では、クリスタルや拡張現実 の要素が取り入れられる。

藍銅鉱の青色は、両足院で開催される展覧会の拡張現実体験の背景となるカラーフィールドを形成している。作品のQRコードをスマートフォンで読み取ると、青い蝶が画面上をひらひらと舞い、スマホの画面に映る絵画の映像に重なる。テラサキ氏は、よりミニマルまたは抽象的な作品に動きを加えるためにしばしばARを使用してきた。ここでは、藍銅鉱の青色の上にアサギマダラ蝶のアニメーションが重なり、見る者に向かって飛んでくる。「この素材でカラーフィールドを作った人はほとんどいなかったので、とても楽しみにしていました」と彼はスタジオの壁に掛かる長方形の青いキャンバスを指しながら話す。「よく見ると、きらめいていることが分かりますよ」

藍銅鉱という素材に魅了されているのと同じように、テラサキ氏はクリスタルに関心を寄せ続けている。クリスタルが“オーラを高める存在”として扱われている風潮には懐疑的でありながらも、その自然な結晶の形に強く惹かれており、それらに着想を得た新たな作品の制作を見据えている。「クリスタルの形成には決まった法則があるんです」と彼は言い、それが禅の哲学と象徴的に通じていることを示唆する。「その法則には静けさと深い時間が必要なんです」