シェフ、シェイデン・サトウはしばし海辺でインスピレーションを得る。沖合でタコと対峙している最中にアイデアが浮かんだことすらあるそうだ。「まるで巨大な筋肉のボールですよ」オアフ島サウスショアでフリーダイビング中に捕らえたタコに、吸盤だらけの足で腕をぎゅっと締めつけられたときの力の強さを振り返り、サトウは言った。「荒波に揉まれながらタコと格闘しているときに、海水をたっぷり二度も飲んでしまいました。そのとき、ものすごくしょっぱくて、海そのものを味わえるような料理をつくろうと思いついたんです」
その体験は、ハレクラニでバンケットや特別イベント担当シェフを務めるサトウが生み出す数々の料理の原点となっている。くだんの タコが無念の最期を迎えた海を見下ろすシャングリ ラ美術館で開催されたとあるイベントで、サトウは炭火焼きのタコ、衣にポイを使ったモイ(魚の一種)、そして邸宅の下にある潮だまりでみずから採取したハワイ固有の巻貝ピピピを使ったリゾットを供した。「イベントの参加者の多くは、ハワイは初めてという方々でした。だからこそ、ほかでは味わえない、わたしの料理の真髄といえるものを味わっていただきたかったんです」



海藻が混じる濃厚な海の水を彷彿とさせる味わい。サーフィンをしにノースショアに向かう途中、ドール プランテーションを通り過ぎるときにいつもただようパイナップルの甘い香り。サトウの料理は、記憶と場所、そして、流れる時間のなかで切り取られた一瞬を物語る。フレンチとイタリアンへの情熱に駆られ、新婚旅行で訪れたパリの〈ラトリエ ドゥ ジョエル ロブション〉に、イタリアの市場やトラットリア。サトウ自身の旅の軌跡を色濃く伝える料理も多い。
そして、どんな料理にも静かに一本の筋が通っている。「じつは、和食の材料を使っているんです」たとえそれがフレンチでも、そこには和食の素材が隠されている。「気づくことはないでしょうが、昆布や白醤油、酒も使っています」



だが、最近のサトウは、ハワイアンとして自分が受け継いできたものを、積極的に料理に映し出すようになった。日本とハワイ。自身のふたつのルーツとの繋がりを娘たちに伝えたい。彼の思いはそこにある。崩したラウラウやクリームド ルウアウなど、ハレクラニで彼が手がけるメニューには、一年ほど前からルウアウ リーフ(タロイモの葉)が頻繁に登場している。クリームド ルウアウは、若いころにシェフとしての修行を積んだ〈ルース クリス ステーキ ハウス〉で覚えたほうれん草のクリームソース和えをアレンジした一品だ。
23年前からハレクラニで腕を磨き、ステップアップを重ねてシェフとしての今の立場を築いたサトウ。「わたしは運に恵まれてきました。だからこそ、できるだけ社会に還元したいんです」そう語る彼は、かつて調理を学び、今は顧問を務める母校リーワード コミュニティ カレッジと提携し、10年ほど前からハレクラニでの研修プログラムを発足させ、野心あふれる若者を厨房に迎え入れてきた。
研修生がそのままハレクラニのサトウのチームに加わることもある。「新しく採用した部下にいつも言うんです。あっと驚く才能など求めていない、どれだけ進歩するかを見たいんだ、とね」サトウは語る。 「人の教えにちゃんと耳を傾け、仕事には粘り強く、謙虚に取り組み、厳しい言葉もすなおに受け入れる。こうした素質こそが、シェフとして成功するための鍵なんです。才能よりも何より大切なのは、学ぶ側としての姿勢です」



サトウはハワイ料理教育財団に請われ、ハワイ州のさまざまな料理教育プログラムでシェフとしてメンターも務めてきた。最近では、夜のフリーダイビングでロブスターを獲ってきた経験をもとに、ハワイ大学マウイ校で料理のデモンストレーションも行った。「一人一尾ずつ獲ってグリルで焼きます。頭はとっておいて、翌日のスープに使うんです」
ロブスターの身はポーチド ロブスター リゾット、頭はココナッツ風味のビスクに。もともとはキャンプ先で試しにロブスター スープにココナッツを加えてみたときに生まれ、のちにハレクラニ沖縄のメニューとして完成させた一品だ。「日本に行き、ハレクラニのメニューを開発するときは、心して取り組みます」と、サトウ。「その料理がちゃんと物語を伝えられているか。そこを何より重視しています」


