「故郷」という言葉を思い浮かべるとき、私の脳裏に浮かぶのは、マウイ島出身のアーティスト、ホン・チュー・ヒー氏による彫刻壁画「ザ ゴールデン デイズ オブ ハワイ(ハワイの黄金時代)」だ。深いグリーンの大理石に、赤土を思わせる豊かな赤褐色が配され、目を奪うほどに様式化された文様と抽象的な造形の中に、古代ハワイの労働、学び、そして日々の営みが刻み込まれている。
私にとってこの作品は、ミリラニで過ごした幼少期の記憶と 結びついた、きわめて原体験的な存在だ。父はよく、妹と私を自転車に乗せ、ミリラニ公共図書館まで連れて行ってくれた。その建物の 外壁一面に、ヒー氏の壁画は広がっている。オアフ島中部に位置するミリラニは、海からも都市の中心からも離れた、ごくありふれた郊外の住宅地だ。それでも、私自身の原点は確かにここにあった。この壁画は、自意識が芽生える以前、アイデンティティや野心という言葉をまだ知らなかった幼い私の記憶を、静かに呼び覚ましてくれる。


ハワイの図書館は、実はパブリックアートの宝庫でありながら、見過ごされがちな存在でもある。しかし、少し意識して周囲を見渡せば、芸術は日常の風景の中にさりげなく織り込まれていることに気づくだろう。プリンス デイヴィッド カヴァナナコア中学校近くの カヴァナナコア遊園地では、彫刻家マルグリット・ブレイジンゲイム氏による十角形の噴水に、ハワイ先住民の文化的営みがレリーフとして刻まれている。ここで遊ぶ子どもたちの記憶にも、かつて私の中に焼きついたヒー氏の壁画のように、意味として理解されるよりも先に、物語としてこのイメージが刻まれていくのかもしれない。
ブレイジンゲイム氏は、1930年代から40年代にかけてホノルルの公共インフラにその足跡を残したアーティストだ。1934年にイサミ・ドイ氏、マッジ・テネント氏らとともに設立したハワイアン ミューラル アーツ ギルドの創設メンバーとして、市内の公共空間を彩った。ギルドに関わる彼女の作品の中でも、とりわけ長く残り続けている壁画や彫刻は、美術館の壁に額装されたものではない。公園や公共施設の石やコンクリートに直接刻まれ、人々が間近で出会い、寄りかかり、そして時を経て少しずつ磨耗していくことを前提に生み出された作品である。



ブレイジンゲイム氏の代表作のひとつ、ホノルルのダウンタウンにある水道局ビルの入口を飾る「カ ワイ ア ケ アクア(神々の水)」は、水の神カネとカナロアの物語を描いた作品だ。二神は、ハワイ諸島各地に泉をもたらした「水を探す神々」として知られている。これは単なる装飾や実用のためのアートではなく、ハワイの世界観そのものを伝えようとするアートである。パブリックアートが最も力を発揮するのは、まさにこの点にある。言葉を持つ以前に、私たちが誰であり、どこにいるのかという共有の意識を生み出すことだ。
ハワイの重要なアーティストの多くにとって、その表現が最も力強く響いた場は、しばしば公共の空間だった。ハワイのモダニズム美術を代表するサトル・アベ氏とタダシ・サトウ氏は、ともにギルド共同創設者のイサミ・ドイ氏に師事している。二人は、それぞれに象徴的なパブリックアートを数多く残している。サトル・アベ氏による「ザ シード」は、ファーリントン高校前に堂々とそびえ、幻想的でしなやかなゴールドと鉄の森が見る者に不思議な感覚と希望を同時に与える作品である。一方、「アクエリアス」は、ハワイ州議会議事堂に設置されたタダシ・サトウ氏によるモザイクで、ハワイの碧い海に沈む岩礁を思わせる静謐な佇まいを持ち、彼の代表作のひとつとされている。


今日、ハワイのアーティストたちは、表現の形やテーマが進化し続ける中でも、場所に根差した物語を人々の目に届けるという伝統を受け継いでいる。彼らの作品が以前とは異なって見えるのも、ある意味当然のことだ。時間や状況、喪失と再生、行き交う世代によって、この場所そのものが変わり続けてきたのだから。表現のかたちは変われど、公の場で、人々のために、そして人々と共に何かを分かち合おうとする思いは変わらない。
アーティストであり、現在「ワールドワイド ウォールズ」として知られるパブリックアート団体の元ディレクターでもあるカメア・ハダー氏の手にかかれば、ホノルルの街は生きるキャンバスとなる。2025年に完成したアイエアの低所得者向け住宅プロジェクト、ナウル タワーの25階建ての外壁に大きく羽ばたくイワ鳥の巨大な壁画や、2020年夏季オリンピックでカリッサ・ムーア選手がサーフィン競技の初代金メダルを獲得した翌年に描かれた、若き日のデューク・カハナモク氏と並ぶムーア選手の巨大な肖像画も手がけている。ハダー氏の壁画は、 この街で展開される物語を映し出し、街並みに色だけでなく、確かなアイデンティティを与えている。


こうした流れの先にあるのが、2025年に始まった三年間のパブリックアートプロジェクト「ワヒ パナ:物語ある場所」である。オアフ島各地に、場所に根差した作品を設置していく試みだ。ネイティブハワイアンやハワイ在住のアーティスト、語り手、地域コミュニティが一堂に会するこのプロジェクトは、土地に刻まれた複雑な歴史に敬意を払いながら、多様な表現を通して場所と人との対話を生み出している。コリー・カメハナオカラ・ホルト・タウム氏の「カ パウ エフエフ オ ヒイアカ (ヒイアカの舞うスカート)」では、3台の市営バスが動くアート作品へと変貌する。バスの外装には流れるようなパウの模様が描かれ、インタラクティブなQRコードを通じて、乗客はヒイアカイカポリオペレの伝説に触れることができる。また、ココ クレーター植物園に設置されたウアラニ・デイヴィス氏のサイアノタイプ作品は、庭園を抵抗と再生の場として捉え直し、パオアカラニやウルハイマラマにあったリリウオカラニ女王の庭園の精神を呼び起こす。


すべての芸術にはリスクが伴う。公共の場に置かれる芸術は、そのリスクを隠すことなく世界にさらす。創作するとは、自らを余すところなくさらすことであり、あらゆる角度から照らされる自分自身を引き受ける覚悟を持つことでもある。それは、目を背けることのない人々の視線を招き入れ、違和感や不完全さを抱えたまま、人と人とのつながりを生み出していく行為なのだ。
そんな覚悟を持ち、自らをさらすことの中に美しさを見いだそうとすること自体が、ひとつの勇気である。コミュニティが、石や顔料、コンクリートの中に自らの姿を見つけるかもしれないと想像すること。そこには確信がある。たとえそこに現れるものが複雑で曖昧であったとしても、なお見られる存在であり続けようとする。その姿勢には、揺るぎない意志が宿る。パブリックアートは時に人を戸惑わせる。しかしその大胆な確信は、大理石や木、鉄や金に刻まれ、人々の記憶の中で生き続けていく。


