走り続ける理由

地域とのつながりを育みながら、年間を通じてレースを開催するハワイで最も歴史あるランニングクラブは、長年に亘りその歩みを続けてきた。

文:
ジャック・キヨナガ
モデル:
クリスチャン·ナバロ
訳:
南のえみ

パンデミック中のランニングブームに後押しされ、ランナー人口は推定で28%増加したと言われている。それに伴い、ランニングクラブも世界各地で急増した。新たにランニングを始めた層のなかでも、Z世代がもっとも大きな割合を占めている。しかし、ランニングクラブは単な
る一過性のトレンドではない。中には何十年も前から存在し、地元のランナーを着実に育成しながら、このスポーツを愛する人々のコミュニティを大切に育んできたクラブがある。

1962年に設立されたミッド パシフィック ロード ランナーズ 
クラブ(MPRRC)は、ハワイで最も歴史のあるランニングクラブだ。毎年、MPRRCはオアフ島で約20レースを開催しており、5キロのファンランからビーチレース、ハーフマラソンまで幅広く行っている。同クラブは、週ごとの集まりやトレーニングではなく、年間を通じて質の高いランニング大会を開催することに力を入れている。あらゆるレベルや年齢層のランナーを惹きつけており、ハワイのランニングクラブで最多となる800人以上のアクティブメンバーが在籍。プロランナーから趣味で走る人まで、幅広く参加している。

7月の暖かな朝、MPRRCのメンバーたちは人けの少ないラニカイの通りでおしゃべりをしたり、ストレッチをしたりしていた。色とりどりの鮮やかなスポーツウェアをまとった人々が集い、賑わいを見せている。ご近所さんやクラスメート、ベテランランナー、新しい参加者までが入り混じり、レース前の高揚感に包まれつつ互いに挨拶を交わしている。やがて彼らがスタートラインに整列すると、会場に静けさが広がった。すると、ホーンが鳴り響く。腕時計を軽くたたきながら、控えめなスプリントでスタートする人もいれば、ゆったりとジョギングを始める人もいる。子どもたちは先頭を取ろうと大はしゃぎしている。いつも活気あふれるMPRRCのレース当日のよくある光景だ。     

レースに参加できるのは会員だけではない。クラブ会長のカーネイ·ング=オソリオ氏は「誰でも参加できる」と話す。

クラブでも伝説的な存在が、ジョナサン·リャウ氏だ。1979年からランニングをはじめ、過去40年間でほぼ40回のマラソンを完走。2009年にはホノルルマラソン殿堂入りを果たした。MPRRCに初めて参加したのは90年代初頭。現在では多くいる長期会員の一人として活動し、61歳になった今も積極的にほぼ毎月のようにレースに参加している。

「引退ランナー」と自ら語るリャウ氏は、なぜMPRRCのメンバーたちがこのクラブで走り続けるのかを体現している。彼は、「外に出て走るのが楽しいんです」と言う。「普段は会えない人たちに会い、近況を話したり、おしゃべりしたりできるんです」。自己ベストを目指して走る日々は過ぎたものの、MPRRCでのランニングの醍醐味は単なる競争だけではないと彼は説明する。「体を動かしていると気分がいいからです」と付け加え、「健康維持と体調管理のためなんです」と話した。

クラブ会長のカーネイ·ング=オソリオ氏によると、大規模なレースには、警察官の手配や道路の封鎖、参加ゼッケンや計測機器の購入など、多額の費用がかかるという。「数千ドルにもなることがありま
す」。しかし、ング=オソリオ氏は、クラブの年間を通じたプログラム運営の重要性を強調する。それはコミュニティ意識を育むだけでなく、活発なライフスタイルの推進というクラブの基本理念を実現するためでもある。MPRRC以外のイベント資金を支援するために、米国退役軍人支援団体やシャカレーシングなど、複数の団体と提携もしているという。

MPRRCが大切にしているのは、競技性以上に健康やコミュニティ、そして地域とのつながりだ。
ミッドパシフィック ロード ランナーズ クラブは、オアフ 島で年間約20回のレースを 開催している。

MPRRCのレースは計画的に構成されており、オアフ島でさまざまなランニング体験を楽しめるようになっている。ング=オソリオ氏のお気に入りのレースは、MPRRCのユニークなレースの一つであるボセッティ·ファーストサンライズ10Kだ。新年の早朝に起きて、カラマ バレー パークで開催されるこのレースに参加するのが好きだという。リャウ氏が楽しみにしているのは、オールド パリ ロード ランとラニカイ8K。長年のメンバーであるジーン・ナカクラ氏は、モアナルア ガーデンズでのマザーズデー10Kやアラモアナ ビーチ パークでのサンタハット5Kに何度も足を運んでいる。

MPRRCには、雰囲気を味わうために外から訪れる人も多いが、「とてもローカルな存在なんです」とナカクラ氏は語る。オアフ島には、それぞれ独自の文化とコミュニティを持つランニングクラブが20近くあるが、MPRRCはその点で他のクラブとは一線を画している。
「姪たちが、ワイキキで集まるランニングクラブに参加していて見かけたことがあるのですが、スタイルのいい人たちが、目を引くような服装で走ってるんですよ」とナカクラ氏は話す。それに対してMPRRCは見た目重視のクラブではなく、地元の人たちで自然にできたようなクラブだ。多くのランナーたちは高校時代からの知り合いで、毎年のように
パートナーや子どもを連れて戻ってくる。走ることを通じて、土地とのつながりを深めているのだ。

MPRRCはこの地を訪れる人々に特別なランニング体験を提供し、オアフ島と地元の人の自然な姿に触れる機会を与えている。「参加者もランニングを楽しんでくれています」。ナカクラ氏は、「私たちはそのつながりをつくり、ハワイの本当の姿を伝えているのです」と語る。  

各イベントには約200人の地元の多様なランナーが参加する。

ランニングは一人で行う孤独なスポーツだと思われがちだ。しかしナカクラ氏は、みんなで走る楽しさを強調する。ある朝のトレイルランニングで、ダイアモンドヘッド ロードの頂上を走っているとき、一緒に走っていた友人が「景色を見よう」と立ち止まったそうだ。目を向けると、太陽が昇り、水面に反射して海がきらめいていた。友人は両手を広げて言った。「これが、私たちが走る理由なんだ」 

「忘れてしまうこともありますよね」と、ナカクラ氏。「時には、誰かに思い出させてもらわないといけないんです」