ラグジュアリーホテルにおいて、ターンダウンサービスの際に美味なアメニティーが添えられることは、今やごく自然な心配りである。だが、冬のホリデーシーズン中、ハレクラニのゲストが枕元に見つけたのは、ちょっと違った甘美な驚きだった。それは、この土地に根ざした味わい。プナ チョコレート カンパニーが特別に手がけたチョコレートのペパーミントバーは、ハワイ島の小規模農園で再生型農法により栽培されたカカオ豆のみを使用した限定生産のチョコレートだ。
「私たちは1万8,000本もの木を、たった6~7人で手入れしています。それが可能なのは、再生型農法とカカオの生態系の中で共に育つ植物がそれぞれの役割をきちんと果たしてくれているからです」。 2012年に夫のベン・ヴァネグターン氏とともに会社を創業したアダム・ポッター氏が語る。「植物が、私たちの代わりにしっかり働いてくれているのです」


ポッター氏は「植物学や食、そしてチョコレートには、もともと親しみを感じていた」と語り、ヴァネグターン氏も「ウィスコンシン州の農家で育った」という。とはいうものの、2人は将来的にカカオ農家やチョコレート製造に関わることはもちろん、まして最近始めたカフェやレストランの経営に携わることになるとは、当時はまったく思い描いていなかった。約27年にわたって軍務に就き、現在はアメリカ海兵隊予備役の中佐を務めるポッター氏とアメリカ海軍の通信電気技師だったヴァ ネグターン氏は、2011年当時、サンディエゴで暮らしながら、ハワイ島の広大な土地に関心を寄せ始めていた。「10年後か、20年後、あるいは30年後になるかもしれませんが、本業を続けながら、何か新しいことに取り組めるだけの資金を少しずつ用意できたら、と考えていました」とポッター氏は当時を振り返る。
パホアで約26万3,000平方メートル(東京ドーム5~6個分)の土地が11万ドルで売りに出ると、2人は迷うことなく購入を決めた。 「最初の2年間は、その土地で何をすればいいのかわかりませんでした。当時は、30年にわたって続いていた溶岩流がまだ海へと流れ込み、このまま永遠に続くのではないかと思っていたので、住宅を建てる考えはありませんでした」と、ポッター氏は振り返る。それから1年ほどたったとき、氏はヒロにあるロカヴォアストアで「フットボールのような形をしたかぼちゃ」を目にし、後にそれがカカオの実だと知ることになる。「店主からは『ここで育つ作物だけど、何千本もの木が必要になるし、実を割ったからといってハーシーズのキスチョコが出てくる訳じゃ ないよ。きちんと発酵させなければならないんだよ』と言われました」とポッター氏は語る。「カカオの木はジャングルのような環境を好むので、土地全体を伐採する必要はないということも学びました。そこで、私たちは毎月、苗木を植え始めたのです」

2人はまた、専門性を確実に磨いていった。ヴァネグターン氏は2015年後半にホノルルへ移り住み、ハワイ大学マノア校で熱帯植物および土壌科学を学び、学士号を取得する。同年初めには、パホアの溶岩流が農園近くまで迫った。これが彼らにとって大きな転機となり、島内のほかの農園でも数千本もの苗木を植える取り組みを始めた。 「『植え付けは我々が行います。その分だけ費用をお支払いください。可能なときに木の様子を見に行きます。そして、実ったカカオの実を 我々に売って下さい』と提案しました。こうして提携農園は6~7軒に なり、そのうちの2軒は、ほぼ私たちが全面的に運営しているのです」
現在、彼らは、中南米原産のラテン語属名「テオブロマ(『神々の食べ物』の意)」というカカオを育てている。彼らのカカオは、在来の熱帯雨林の樹木や、外来の熱帯果樹がつくり出す樹冠の下で健やかに育っている。その生育を支えているのが、グリリシディアと呼ばれるコンパニオンツリーである。この樹木は、スペイン語で「カカオの母」の名でも知られている。「グリリシディアは、大型の豆科植物です。空気中から窒素を取り込み、周囲の10~20本の木に、その栄養分を行き渡らせるのです」とポッター氏が説明してくれた。
農園では、ニワトリもまた、同様に大切な役割を果たしている。 「木々から落ちた葉は、地面に厚く積み重なり、そのままにしておくと水分を含んでカビや菌が発生しやすくなります。そうすると害虫のバラゾウムシが、次第に落ち葉の下に生息するようになります。ところが、ニワトリがいればゾウムシが増えることもなく、水分が滞留することもありません。ニワトリがゾウムシを食べ、落ち葉を動かしてかき回し、空気を通してくれるからです」


殺虫剤の使用を抑えられることに加え、放し飼いのニワトリは、有機肥料としての役割も果たしている。「毎年、多少の肥料や堆肥を使用することはありますが、いったん木々が樹冠をつくると、必要となる量はほんのわずかとなります」とポッター氏は語る。
カカオの実は、幹や古い枝から直接芽を出し、やがて鮮やかな黄色から薄い茶色、そしてごく暗い赤みがかった茶色へと、深みのある色に熟していく。そして、その実もまた、生態系全体を支える一部となっていくのだ。「収穫した実はその場で割り、中の種を取り出したあと、それぞれの木の根元に殻を2つずつ戻して、土に還すことによって、豊かな土壌を保つようにしています」とポッター氏。
ひとつのカカオの実には、30~40粒ほどの種子、つまりカカオ豆が入っており、それぞれがゼリー状のフルーティーな果肉に包まれている。この果肉を発酵させることで、カカオ豆の風味が、苦味から土のようなニュアンスを含んだチョコレートの味わいへと変わっていく。発酵にかける時間や温度、さらにその後の乾燥や焙煎といった工程のすべてが、最終的にできあがるココアニブ、そしてそのニブから作られるチョコレートの味に深く関わってくる。プナ チョコレート カンパニーでは、パホア、ヒロ、ワイピオ渓谷、ホルアロア、ケアラケクア、ニノレでカカオを栽培している。そして、ワインやコーヒーと同じように、その土地のテロワールもまた、味わいに影響する。「単一地区や単一農園のカカオを使ったものも含めて、現在は10種類ほどの商品がありますが、どれも本当に驚くほど味が違うのです」とポッター氏は語る。氏とヴァネグターン氏は、約5万7,000平方メートル(東京ドーム約1.2個分)のカイナリウの敷地からほど近い、ホルアロアの農園で暮らしている。カイナリウには、農園ツアーの拠点そしてカフェ「ハレ ココア」やレストラン「シアテリー」がある。

同社では、島内各所からカカオ豆を計画的に仕入れている。 「この土地での農業は、いかに生き残るかがすべてなんです」と氏は語る。「島で農業を続けるには、自然災害への備えが欠かせません。干ばつや強風のために、その年の収穫が2割ほど減ることもあるんです。2018年の噴火も、もしもう1か月続いていたら、パホアの農園は全滅していたでしょう。もちろん農園は時間をかけて復興しますが、その間にも、別の場所では別の木々が育ち続けているのです」
かつての牧草地やごつごつとした溶岩大地に広がる農園の中には、土作りから始める必要がある場所もあった。ハワイ郡による先進的な取り組みが、そうした再生を支えてきた。ハワイ郡では、造園業者やホテル、リゾートなどから出る緑の廃棄物を集め、各所に分配しているのだ。「この取り組みのおかげで、私たちは自然の力を生かしながら、土を育てることができているのです」とポッター氏は語る。

たとえば、プナ チョコレート カンパニーの原点であるパホアの農園では、長年にわたって再生可能な廃棄物を活用してきたので、今では表土が約25センチもの厚さになっている。「ハリケーンがいつきても、木々はしっかりと根を張っているので、持ちこたえられるでしょう」とポッター氏は語る。「干ばつ対策にも深い土壌は欠かせません。毎年、前年より少しずつ、土を育てなければならないのです」
カカオがハワイに伝わったのは1800年代半ばのことだった。ドイツ人医師のウィリアム・ヒレブランド氏がカラカウア王に献上し、現在のフォスター ボタニカル ガーデンで栽培を始めたのが最初とされている。とはいえ、商業栽培が本格的に始まったのは1990年代後半のこと。最初はオアフ島とハワイ島での栽培だった。現在、プナ チョコレート カンパニーは、両島の農園からカカオ豆を仕入れ、パッケージには産地を明記している。その包装は、再生紙を使用し、意図的にシンプルに仕上げている。「余計な飾りは一切ありません」とポッター氏は語る。「本当に大切なのはチョコレートそのものなのです」


