マウナルア湾の物語は、決して悲しいものではない。2009年には、 地域のリーダーたちが長年にわたってできると信じていたことに、世界も気づくことになったのだ。その年、湾内の在来種の海藻を覆いつくして成長を妨げていた約1,360トンもの外来種の藻類を除去するために、米国議会が340万ドルを拠出することにした。
地元に長年暮らしてきた住民の有志団体が、ゴリラオゴや紅藻の一種のトゲノリそして緑藻の一種のクサビガタハウチワを次々と袋に詰めていくという草の根運動を展開した。湾を守りたいという強い使命感から、この団体を「マラマ・マウナルア(マウナルアの保護)」と名付けた。「マラマ・マウナルアの設立は、なによりもまず、この土地で育った人たちが抱いていた責任感によるものなのです」と、事務局長を務めるダグ・ハーパーさんは語る。「そして、起こっていることをなんとか元に戻そうと彼らを動かしたのは、この土地への愛情でした」
マウナルア湾は、オアフ島南東岸のココヘッドからレアヒ(ダイヤモンドヘッド)まで、10キロメートル弱続いている。かつてこの湾は、ハワイ語で「ロコイア」と呼ばれる魚養殖池で知られており、それは200ヘクタールを超えるハワイ最大規模のものだった。しかし、20世紀半ばに、アメリカ人実業家のヘンリー・カイザーが、マウナルアの内陸部を住宅地として開発する。それまで家族経営の酪農場、農場、牧場だった土地は、ハワイカイと名付けられた住宅地へと姿を変えた。浚渫と護岸工事によって魚養殖池は埋め立てられ、宅地開発、農薬の流出や河川の流路変更により、水質の悪化が進んだ。そして、2002年には、ハワイ州保健局がマウナルア湾を「水質汚濁水域」に指定した。


同じ頃、オースティン・キノさんは、アイナハイナで育ち、水質などは気にも留めずにサーフィンや釣りをしていたという。キノさんに転機が訪れたのは、それから10年ほど経ち、マラマ・マウナルアに雇われて40人以上の漁師に聞き取り調査を行い、各人の経験や大切にしていることを聞いたときのことだ。一人ひとりが語ることの中に滲む機微に、強く心を打たれた。外来種の藻類を問題視する人もいれば、土砂の堆積や湾に流れ込むコンクリート製の排水路による影響を指摘する人もいた。
「そのときの目的は、管理計画を作ることでした」とキノさんは語る。 「その計画は、長年のときを経て、ようやく形になりました」。2025年にハワイ州は、マウナルア湾を漁業管理区域に指定する。それまで、すでに20年の月日を要していた。この指定に伴い、夜間のヤス漁を規制し、アラクマ(カニの一種)、ウラ(ロブスター)、トリトンズトランペット (ホラガイ)といった、生態学的にも文化的にも重要な海洋生物の捕獲を禁止するための新たな規則が設けられた。この漁場管理区域の指定は、「湾の環境保全向上のために持続的な影響をもたらすはずです」とハーパーさんは語る。そして、この湾に生息する生物を次世代へと継承することにもなるのだ。
一方、キノさんは現在、自身の非営利団体「フリ」を運営している。海を愛する仲間たちが集まり、地元の学生を湾に連れ出し、環境保全やリーダーシップそして航海技術を教えている。キノさんと共同創設者のジェシー・ヨノーバーさんが出会ったのは、2人が乗組員として、2014年にポリネシアの航海カヌー「ホクレア号」で世界一周の航海に出たときだった。




「その航海のテーマは、『マラマ・ホヌア(私たちの島、地球を大切にする)』でした。そして、それは何らかの活動をしているさまざまな地域社会を訪ねて回ることだったのです」とキノさんが説明する。「ジェシーと私は、ちょうど漁師への聞き取り調査やマラマ・マウナルアでの活動を終えたところで、カヌーが故郷に戻った後にも残るようななにかを、ここで始めなくてはならないと考えていたのです」
フリのカヌーに乗ったのが湾との出会いだった生徒の中には、のちに近くの大学で環境科学を専攻する人もでてきた。かつて高校生の頃にボランティアをしていた人が、研究のためにマウナルア湾へ戻ってきたこともあると、キノさんが語る。それは、物事が一周して元の場所に戻ってくる瞬間であり、今も彼の心に残っているという。
フリのカヌーに乗ったのが湾との出会いだった生徒の中には、のちに近くの大学で環境科学を専攻する人もでてきた。かつて高校生の頃にボランティアをしていた人が、研究のためにマウナルア湾へ戻ってきたこともあると、キノさんが語る。それは、物事が一周して元の場所に戻ってくる瞬間であり、今も彼の心に残っているという。 「心からの親愛の情がなければ、なにかを守ることはできません」とキノさんは語る。「ここで育ってきたのに、ただ車で通り過ぎていただけ だったことは否めません。だからこそ、人々がこの場所に触れる機会を作り、この土地とのつながりをもってくれることを願っているのです」



一方、マラマ・マウナルアでは、今も湾内やその周辺で、定期的に地域のボランティアデーを開催している。ボランティアが、外来種の藻類の除去やサンゴの移植のほか、湾を雨水の流出による影響から守るために雨水浸透緑地帯の清掃などを行っている。毎年、23トンほどの外来種藻類を除去しているという。ハーパーさんは、家族での参加を歓迎し、イベントへの参加によって、地元住民も旅行者も湾の歴史や将来について理解を深められるだろうと言う。 「外に飛び出して地域の人と一緒に活動し、環境と関わり、その土地の歴史や文化を知るたびに、自分がその場所にいることへの感謝や喜びが大きくなるんです」と、ハーパーさんは語る。
マラマ・マウナルアは、サンゴ再生に取り組む団体とも協力して活動を広げ、最近では「イート・ザ・インベイダーズ(外来種を食べよう)」というフィッシングトーナメントも開催した。2026年2月に、120人を超える釣り人が3,000匹近い外来種の魚を釣り上げたという。協力団体のローカル・イアとシェフ・フイは、セビーチェやタアペ(ヨシズフエダイ)のディップ、魚のフライなどを料理した。 時には、マラマ・マウナルアの書類仕事や報告書作成をしている途中で、ハーパーさんは立ち止まり、すでに終えた仕事やこれから取り掛かる仕事に思いを馳せる。そして、この再生活動がもたらす影響を、地域のクプナ(年配者)の目を通して見つめようとする。この湾の近くに70年も住み、酪農地が住宅地へ変わっていった様子を見届けたアンティー・カレンさんもその一人だ。
「なん十年もこの地に住んでいる人がいて、私たちの取り組みによる恩恵に気づいてくれているんです」とハーパーさんは語る。「それは、本当に、足取りを軽くしてくれるのですよ。意義あることなんだなって」


