「ハワイでも焼酎を造れるかもしれない」と、当時日本に住んでいた平田憲さんが思いついたのは、オアフ島でプレートランチを食べてい る時だった。そのきっかけとなったのはポイだ。タロイモをすり潰して粘り気のある紫色のペースト状にした伝統的なハワイ料理の「ポイ」が、サツマイモを思い起こさせた。サツマイモと同じような作物は、 ハワイでもよく育つ。そして、それは日本の芋焼酎造りには欠かせない原料だ。
思い立った平田さんは、鹿児島で約4年間焼酎造りの修行に励み、2013年にハワイに戻るとハワイアン焼酎カンパニーを設立した。 以来、ハワイ産のサツマイモから作った本格的な芋焼酎「波花」を22回製造した。この銘柄には「波」と「花」という漢字が使われているが、「花」は植物の花以外に焼酎造りに使われる米に生えるカビの一種である麹を、「波」は現在平田さんが居を構え、焼酎を造っているオアフ島ノースショアの有名なサーフブレイク(サーフィンに適した波が崩れるエリア)をモチーフに名付けたそうだ。
農地に囲まれたハレイワの田舎道沿いに立つ蒸留所では、平田さんの芋焼酎造りの舞台裏を見学できる。蒸留所に到着して建物に入る前に、ゲストはまず靴を脱ぐように求められる。建物内は近代的な蒸留所にあるような洗練された白いタイル張りの壁やステンレス鋼の床ではなく、木材、粘土、セメントなど、天然素材が使われていて、平田さんがより伝統的なアプローチで焼酎を造っていることが見て取れる。
ここで、基本的な焼酎の知識について平田さんが説明する。焼酎にはさまざまな種類があり、芋焼酎もその一つである。どのような原料でも発酵させて蒸留すれば焼酎になるが、「本格焼酎と呼ばれるためには、麹が使用されていなければなりません」と語る。
焼酎の主原料となる米麹を培養するため、平田さんは特別な 「麹室」を自ら設計した。床から天井まで木製のパネルが張り巡らされた約16平方メートルの空間に据えられた大きな台の上に、蒸したての有機カリフォルニア米を山盛りにして種麹を振りかける。すべてを手で混ぜ合わせた後、平田さんは何十枚もの麹蓋と呼ばれる木箱に米を盛り込み、麹を培養する。木製の麹蓋は余分な水分を吸収してくれるので、湿度が安定する。ノースショアの温暖な気候は麹菌の生育にとって理想的な環境ではあるものの、室内の温度と湿度を完璧に保つためには、何週間も油断なく目を配る必要がある。平田さんは、天井の通気口を開けたり閉めたりしながら、温度と湿度の調節を行っている。
出来上がった米麹を麹室から運び出し、水と酵母を混ぜ、蒸留所の床に埋め込んだ150年前の甕壺に入れ、約1週間発酵させる。平田さんは、家の前庭にある巨大な木箱で蒸したサツマイモを甕壺に入った米麹の混合物(もろみ)に加える。さらに1週間ほど発酵させると、もろみから鮮やかな紫がかったマゼンタ色の泡が立ち始め、いよいよ蒸留の準備が整う。
平田さんによると、焼酎は蒸留回数が一回限りであることが大きな特徴だという。「蒸留するまで長い時間をかけて準備します」と話す。「蒸留後は何もしません。香料も添加物も、何も加えないのです」
今では、ほとんどの蒸留所がステンレス製の蒸留タンクを使用しているが、平田さんは伝統的な日本製の木樽蒸留器を使用している。 「日本でも、これを使う人はもうほとんどいません」と平田さんは話す。 「この木樽蒸留器には、魔法のような効果があると思います」
ハワイでも焼酎への関心が高まっていることを喜ばしく思う平田さんは、波花のファンはおそらくこの焼酎の独特の香りと風味に惹かれるのだろうと考えている。ストレートで飲むと、サツマイモのほのかな 土っぽい甘さが際立ち、ウォッカを思わせる味わいが楽しめる。氷を 入れると、花のような香りがさらに引き立つのだという。
毎年春と秋になると平田さんは見学ツアーを一時中断し、約2か月間焼酎造りに集中する。焼酎造りは手間のかかる作業の連続で、1回の製造に約6か月かかる。そのため、「波花」を手に入れるには、忍耐と行動力が必要となる。1回の生産量が200~250本で、あっという間に売り切れるため、波花ファンは早くから注文しているという。
見学ツアーの最後には、異なる種類のサツマイモと麹菌から造られたさまざまな波花焼酎の試飲が楽しめる。試飲の中には、北海道産ミズナラの木で作った樽で熟成させた琥珀色のウイスキー風焼酎「バンザイ・ストレングス」や、オゴ(海藻の一種)、マンゴー、ティーリーフ、ハイビスカス、ザボンなど、ハワイ産の素材を配合したカラフルな焼酎ジン 「ハレイワ・レインボー」などがある。波花の製品は、素材のほとんどすべてを地元の生産者から仕入れている。「彼らのサポートなしに、ハワイで焼酎を造ることはできません」と平田さんは断言する。